<中世>
甲斐武田信玄の二十四将の一人、鬼美濃と恐れられた原美濃守虎胤。その子・原大隈守虎昌は、川中島の合戦で旗本として主人の窮地を救い、その勲功により武田氏から佐久岩村田の地を拝領。虎昌の子・甚蔵、武田氏滅亡とともに佐久岩村田に移り住む。

<江戸時代>
1681年(天和元年)
原甚蔵の子孫・弥八郎が名主を勤めるかたわら、酒造業を創業。千曲錦の誕生である。屋号は吉田屋と称し、その名は近郷に知れわたる。

<明治・大正時代>
江戸時代からの酒蔵として、地域の人々に親しまれ発展を続ける。原治助の代になって、大消費地・東京に進出。

<昭和・平成時代>
1929年(昭和4年)
9月 千曲錦酒造株式会社を設立。

1930年(昭和5年)
11月 百貨店部を開業。

1943年(昭和18年)
9月 第二次大戦下で商品の仕入難及び企業整備の国策にそって百貨店部を廃業。

1945年(昭和20年)
8月 非常時生産命令により軍用アルコール生産設備を完成させるが、終戦に伴い酒類原料用アルコールに転換した。

1962年(昭和37年)
10月 創業以来の地・佐久市大字岩村田807番地より、現在地に本社・蔵(八千代蔵)を移転。
9月 原料アルコールおよび焼酎甲類の製造を中止。

1963年(昭和38年)
10月 東京都板橋区に東京出張所を開設。

1965年(昭和40年)
8月 合資会社倉升酒造場を吸収合併する。

1967年(昭和42年)
4月 東京都練馬区富士見台に東京出張所を移転し、営業所に昇格する。

1970年(昭和45年)
9月 自社で販売する酒類は100%自社醸造する方針に転換。
製造設備の拡張を図り、新仕込蔵(300石仕込タンク29本)を完成。ハ号蔵に110石タンク10本を増設する。

1986年(昭和61年)
11月 第43回関東信越国税局酒類鑑評会において最優秀賞を受賞。

1989年(平成元年)
9月 創業300年、株式会社創立60周年を迎える。

1993年(平成5年)
10月 第57回関東信越国税局酒類鑑評会において二度目の最優秀賞を受賞。

1995年(平成7年)
過去3年連続で、すべての品評会・鑑評会において金賞受賞。(下記受賞歴参照)
上原康徳が杜氏として初の「信州の名工」を県知事より授与される。

1997年(平成9年)
酒蔵見学施設「酒蔵吉田屋」を開館。
日本酒「帰山」発売開始。

2000年(平成12年)
東京営業所を本社へ統合。

2001年(平成13年)
条令規制適合最新廃水処理施設が完成。
サーマルタンクを増設。

2002年(平成14年)
帰山取扱店 120店

2003年(平成15年)
本格焼酎熟成用オーク樽を約400本に増設。
帰山取扱店 140店

2006年(平成18年)
第53回長野県清酒品評会
首席優等賞(第一位)受賞     
    

○全国新酒鑑評会‥‥‥‥‥‥ ‥‥‥‥‥‥‥‥金賞11回
○関東信越国税局酒類鑑評会‥ ‥‥‥‥‥‥‥優秀賞30回
(内 最優秀賞2回)
○長野県清酒品評会‥‥‥‥‥ ‥‥‥‥‥‥県知事賞22回
内 首席優等賞(第一位) 1回
長野県酒造組合会長賞15回
 
(2008年4月現在)

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